■音源

 

トッペンカラコの唄語り―民話編
坂本峯義(ミネ)/豆の木と宝の虹

 

一  舌切りスズメ
二  山んば
三  笠地蔵
四  ウグイス
五  豆の木と宝の虹

 

1000円 ライヴ会場で販売

FSR-012 CD-R

2012/02/26-001~030

 ●録  音
2012年1月29日 東京・高田馬場でスタジオライヴ録音
●リリース
2012年2月26日 LiveBloomin'vol.12「土と民の言霊」 於 中野 アマン

 

企画・制作:小林直樹/フルスイングレコード

この音源はCD-Rによる手作り音源です。
再生不可など不良品の場合はご連絡下さい。


トッペンカラコの唄語り―民話編「豆の木と宝の虹」リリースにあたって

                                                                                2012年2月26日 坂 本 峯 義


「トッペンカラコの唄語り」による民話
 名前は忘れましたが、ある民話の研究者によると、民話と言われているものには、昔話と伝説と世間話があるんだそうです。それに従うなら、私が民話と言っているものは、昔話になるわけですが、私はそれを唄にしました。そしてそれを「トッペンカラコの唄語り」と呼んでいます。トッペンカラコとは、私の生まれた秋田の村で昔話を語り終わったときに言った文句です。「はい、これでおしまい」くらいの意味でしょうか。ですが私は表現の都合上、始めにも言うことにしました。
 昔話の昔とは、どのくらい昔のことなんでしょうか。おじいさんが山に芝刈りに、おばあさんが川に洗濯に行った時代です。以外にもそれはそんなに遠い昔のことではないんです。最短では今から50年ほど前――私が子供の頃、1960年代の東北の農村では、そんな自然との共存型の人間の営みの光景がふつうに見られました。
 それが1970年代以降に崩壊していきました。科学の発達とともに「騒がれなければ汚染したって構わない。」「てっとり早く金にさえなればいい。」という自然搾取型の拝金主義の世の中が拡大してしまいました。
 自然との共存型の社会では、自然と人間のあいだにエネルギーが循環しゴミは一切でません。ところが搾取型では、一方通行のやりっぱなしで大量のゴミが出ます。そのゴミはどこかに押しやられ、どこかに犠牲を強いているのです。
 民話を語り、そして聞くことは、単純には面白ければそれでいい――とも言えるんですが、私なりに、科学思想や自然搾取型、拝金主義に偏した心のバランスを民話で取り戻す。――という意味を見出しました。
 民話の考え方では全てを精霊と見るのです。そもそも日本人は、ありとあらゆるものを「モノ」と呼んできました。人も者【モノ】、獣も【モノ】、食べ物も【モノ】、金物も【モノ】、化け物も【モノ】なのです。その【モノ】とは精霊のことだったのではないでしょうか。
 自然共存・循環型の社会で生まれ、語り継がれてきた民話には、その時代の人間の営み、社会の知恵があり、その知恵から伝わってくるものが、現代のこの行き詰った世の中の価値観を打破し、未来をひらく――と信じて、私はこの音源を録りました。

 

~民話編「豆の木と宝の虹」かんたんな解説~


第一話・・・舌切りスズメ  このスズメをただのスズメと見てもいいのだが、たとえばおじいさんの愛人と見るならば、おばあさんが激怒するのももっともだと思う。あるいはスズメを在日外国人と見たり、ホームレスと見たり、つまり社会的弱者と見て、それにどう対応するかをおじいさんとあばあさんに見ることもできる。さらにはスズメを自然から来た精霊と見て、自然への対し方を見ることもできる。だがどのように解釈しようがしまいが、聞き手の自由なのである。


第二話・・・山んば  自然は人間にとって恵みと災いの二面性がある。山んばは自然の災いを表した精霊と見ることができる。恵み(この話では栗)に目がくらんだ母子は災い(山んば)に食われてしまう。これはまた現代の人間と自然の関係とも見える。たとえば日本企業がタイの森林を伐採し続けた関係で、タイでは毎年のように大洪水が起こっている事などである。

 

第三話・・・笠地蔵  地蔵が六体いるのは、仏教の六道を表したものだろう。六道とは地獄、飢餓、畜生、修羅、人間、天上で、人間の状態を分類したものである。それぞれに特有の苦悩があり、その苦悩を救う地蔵が一人つづいるという。そういう地蔵に笠をかぶせたおじいさんもまた地蔵と言えるかもしれない。

 

第四話・・・うぐいす

第五話・・・豆の木と宝の虹
この二つは福島の民話を元にしている。うぐいすは震災で亡くなった方々への哀悼の意を込めて。そして豆の木を宝の虹は、天に届く豆の木に象徴される民の生命力が必ずや災いを克服すると信じて、唄語りにした。

 

(文章構成:小 林 直 樹)